御祭神
大山咋神(おほやまくひのかみ)
相殿に鎮まります神々
国常立神(くにのとこたちのかみ)
伊弉冉神(いざなみのかみ)
足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)
主祭神の神系

「古事記」に『大山咋神(おほやまくひのかみ)。
又の名は山末之大主神(やますゑのおほぬしのかみ)。
この神は近淡海国(ちかつあふみのくに)の日枝山に坐す。
また葛野(かづぬ)の松尾(まつのを)に坐す。
鳴鏑(なりかぶら)になりませる神なり』とあるように、
近江国(今の滋賀県)の日枝山(比叡山)に鎮まりましたのが
最初で大年神(おほとしのかみ)の御子神で、別にその御名を
山末之大主神とたたえて申し上げます。
御神徳
大山咋神の「咋」は「主」という意味で、大山の主であると共に
広く地主神として崇められ、山・水を司り、大地を支配し万物の
成長発展・産業万般の生成化育を守護し給う御神徳は広大無辺であります。
又、近年は厄除け・安産・縁結び、また商売繁盛・社運隆昌の神として崇敬されています。
社格
当神社は江戸城の鎮守として徳川家の崇敬は特に篤く、将軍世嗣、子女及諸大名等の社参は絶えることなく、毎年正月・六月には必ず使いを遣わして幣を奉り、国家事ある時には必ず祈祷を修し、崇敬他に異なるものがありました。
東京奠都の後明治元年十一月八日准勅祭社に、同二年七月二日祈年奉
幣の列に入り、同五年五月八日府社に定められましたが、皇城の鎮護たる故を以て、同十五年一月十一日官幣中社に列せられ、大正天皇御即位にあたり、氏子区域内に御降誕せられたる故を以て、大正天皇御即位の当日、更に昇格して官幣大社に列せられ、終戦と共に社格を廃せられたが、宗教法人として都民の尊信を専らにしてかわることなく今日にいたっています。
社号
慶応四年(明治元年)六月十一日以来、日枝神社の称号を用いる事となりましたが、古くから「日吉山王社」「日吉山王大権現社」「江戸山王大権現」「麹町山王」ひろく「山王社」と称され、氏子にとっては「お山」であり、一般には常に「山王さん」の名で親しまれて来ました。